熱処理後の油脂に生じる物質は肝臓、心臓血管系、腎臓などに毒性を及ぼす恐れがあります。また、動物の成長を遅滞させることもあります。さらに揚げた食材の栄養価が損なわれる可能性も看過できません。(250)

 油脂の熱酸化によって生じた分解産物の毒性については、これまでほとんど動物実験しか行われていません。また熱酸化実験にしても揚げ油を長時間高温にさらし、場合によっては空気を吹き込むなど、常に極端な条件下で行われてきました。このような実験の結果は参考にはなるものの、そのままヒトに当てはめるには無理があります。

 これまで繰り返し説明してきたように、過酸化現象によって最も大きな物理化学的変化を受けるのは多価不飽和脂肪酸であり、抗酸化物質が存在すれば過酸化現象には歯止めがかかります。オリーブオイルには抗酸化物質とオレイン酸が豊富に含まれていますので極端な高温で長時間揚げ物をしない限り明らかな変化は起こりません。また、ある動物実験では、170℃で2時間加熱した飽和脂肪(バター、ラード)と多価不飽和脂肪(ひまわり油)の摂取によって肝臓が損傷を受けました。しかし、同じ処理をおこなったオリーブオイルでは肝臓には全く損傷が起こりませんでした(251)。ただし、170℃を超える温度で72時間加熱したオリーブオイルでは肝臓に損傷が発生しました(252)。

熱酸化した油は脂質代謝や心臓血管系にも悪影響を与えるようですが、このことに関してこれまでに得られた知見は必ずしも一致していません。Gabrielらは心筋中に脂質を検出し、その原因を脂質代
謝異常に帰しましたが(253)、この現象を他の研究者は追認できていません(254,255,256)。 
また、GrandgirardはGabrielらの実験結果は食材を極めて長時間加熱したために必須脂肪酸が実質的に失われたことで生じたものだとして、強く批判しています(256)。

 
多価不飽和脂肪酸が熱酸化すると心臓血管系に作用して変性を引き起こすようになるようです。この点については、Gianiらの研究が特に興味深いものです。(257)彼は血小板と内皮細胞におけるプロスタグランジン合成を研究するとともにプロスタサイクリンとトロンボキサンのバランスを調べました。バランスは血栓とアテロームの形成に影響を与えるため、重要な意味を持っています。その結果、適切な量のビタミンEが存在する時ですら、熱酸化した多価不飽和脂肪酸を投与すると生体内で過酸化反応が起こり、血しょうトコフェロール値が下降することが確認されました。血小板のトロンボキサン産生と大動脈内皮におけるプロスタサイクリン産生がいずれも低下したことは特に重要であり、このことはエイコサノイドの合成、そして究極的にはアテローム性動脈硬化の発症に過酸化脂質が深く関与していることをさらに裏付けるものです。